18日 7月 2026
最初の入院は開頭手術、次に抗がん剤と放射線のセット、 通常なら2ヶ月程で退院になるはずだった… 抗がん剤の副反応による高熱40度以上が続き、痒みを伴う発疹、、 痛みも辛いが、体中の痒みが息子に襲いかかってた。 病室で会うことが出来た病院だったので、母と父はベットの左右に別れ、手を握りしめた。 これじゃまるで臨終の場面じゃない?...

18日 7月 2026
2025.4月で店を辞めた。 辞めた理由は息子たちに話してなかった。 辞めた当初は2人の息子どちらからも、これからの老後💦は社会との関わりを持ってないと老けるばかりだーと非難轟々。 しばらく経ってから、息子が思いついたように 「僕のせいで店やめたの?」と ぎくっ! 年齢的にそろそろやめなきゃ、と思ってたのよ。...

17日 7月 2026
あ!だと私たちは病室ではなく、放射線科の待合室に行く、か!だと病室に行くことになる。 普通治療なので、放射線と抗がん剤テモゾロミドを投与するのがセット 息子は治療が半分くらい経過した頃、高熱、発疹が出始め、それでも高熱の中、治療は続けられた。...

17日 7月 2026
最初の大学病院で腫瘍を取り除く開頭手術を受けて、放射線、抗がん剤の標準治療を受けた。 その病院は病室での面会が出来たため、店に行く前に毎日会えた。 ただ、、放射線科での治療は時間が決まってなく、息子が放射線科に呼ばれると(あ!)終わると(か!)暗号を決める。 あ!と か!ならすぐにLINEで送れるから。 面会が終わると、私も息子も泣いてしまう。...

16日 7月 2026
何度か悲しい目の息子を見た、一度は自室に入る瞬間、高さ1cmくらいの敷居につまずき、大きな音でかけつけると、悲しい目で「転んじゃった」と、 体が動かない…? 悲しそうだった それからすぐに家中の段差に危険テープを貼って、そこを歩くたびに「そこ、危ない!」と声をかけた。

16日 7月 2026
入退院を繰り返してた息子の記憶は、やはり直近になってしまう。 4/27頭が痛くて起きられないと言う、 それまでずーと頭痛と耳の奥が痛いと言ってたが、少しだけ痛みが増してら様子に、病院に電話するも、担当医が手術中で変わりの同じチームの医師が救急車でもなんでもすぐに連れて来るようにと、、 そこから58日間、、 亡くなるまで、自宅に帰る事はなかった。...

14日 7月 2026
抗がん剤の副反応は厳しかった。アレルギー体質の彼には苦痛だけ、抗がん剤によっては、最低回数続けることが必要。 でも体中の痛み、高熱、痛みがなくなると、手足の痺れ、歩行困難などなどが襲いかかる。 結局、数回やらなければならなくても、高熱や発疹のため中止せざるを得ない。 辛い思いばかりしてたね...

14日 7月 2026
病院の近く… 何度も何度も行った

13日 7月 2026
最後に入院したのは4月27日、 きっとすぐに家に帰れると思ってたに違いない。 入院から58日後、帰らぬ人となる。 彼のこの間の言葉もこれから書き記していくつもり… *中学校入学式出かける前母が写した

12日 7月 2026
いなくなって、寂しいよー

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